今年の5月に誕生日を迎えるとついに30歳になる。考えていることをざっくばらんに書く。


20歳を超えた辺りから誕生日を特別な日だと意識しなくなった。丁度その辺りの年齢で日本を離れニュージーランドに来たこともあり、誕生日を祝ってくれるような友達も周りにいなかった。ささやかなお祝いを自分で準備するほどの心の余裕もなかった。毎日が新しい国での生活基盤を整えることと言語の問題をなんとかすることに忙殺されていた。気づいたら誕生日を祝わなくなっていた。

それでも、いよいよ30歳を迎えるというのはやはり特別な意味合いをそこに感じてしまう。20歳を迎えた時、祝うようなことは特にしなかったけれども、それでも自分の心持ちとしては、これから先何かたくさん楽しいことが起こるような期待感を感じていたと思う。新しい土地での見慣れない異国情緒溢れる風景は、東北の田舎で育ってきた自分にそういう期待感を膨らませるのには充分で。忙しい日々の中で、なんの根拠もないけれども、そういうワクワクやキラキラした『何か』を楽しみにしていた。

29歳になった今、自分が期待していたものはただの妄想でしかなかったと思い知らされた。大学での生活は毎日の課題をこなしていくのに精一杯だった。フルタイムで学業をこなしながら、生活費を稼ぐためにほぼフルタイム週30〜40時間バイトをしていた。職場と大学の図書館以外で何かをしていた記憶がほとんどない。精神的な疲れで頭に10円玉くらいのはげが出来て始めて『疲れた時は休みをとったほうが良い』ということを覚えた。 SNSで流れてくる日本で大学生活を満喫している人たちの日常が眩しく写って仕方がなかった。

大学を卒業して社会に出たあとも、自分が期待していたような『キラキラした何か』が起こるようなことはなかった。日本に帰って就活するか、ニュージーランドで行けるところまで挑戦してみるか悩んだあげく、縁もあってかこっちで就職して働いていくことを決めた。永住権を持っていない移民という社会的に弱い立場の中、今度は社会の中に自分の居場所を確保していくのに大変だった。常にビザが切れて更新出来なくなるかもしれない不安と隣合わせの生活で、仕事を全力でこなしながら社内の評価を稼ぎ、実務での経験を積んで行くことに全リソースを費やさなければいけない毎日だった。

辛かった経験だけではなく、気分的に高揚していたハッピーだった瞬間を振り返る。紆余曲折ありながらもなんとか大学を卒業してダブルメジャーでの学位を取得出来たとき。あるいは、最近の転職、世界的にもそれなりに知名度のある米国上場IT企業からオファーレターをもらったとき。ニュージーランドの永住権が問題なく取得出来そうというニュースがあった日もそうだ。

30歳を迎えることに得体の知れない不安や焦りを感じてしまうのはなぜか。きっと自分が今まで何も成し遂げてきてないことに対しての焦り、それを実現するための可能性と選択肢の幅が狭くなってしまうこと、自分の能力や精神的な面で歳相応な成長をしてきていない気がしてならない、というのが原因な気がする。

同郷の大谷翔平は僕と同じ日本から離れた海の向こうで誰もが認める歴史的な快挙を上げた。ネクスト鬼滅というフレコミで最近ヒットしている呪術廻戦という漫画の作者も同じ岩手出身らしい。ツイッターを見ると同年代の起業家の成功体験や彼らの華やかな生活があちらこちらに流れてる。彼らにあって僕にないものは社会的認知のある成功を収めているかそうでないか。

けれども『社会的に認められる成功』を収める人なんてどれくらいいるのだろうか。ネットを見ているとそういった凄い人たちの話が目に入りやすい。けどそれってきっと世の中の1%にあたる特別な人たちで、統計的には完全に外れ値だ。だとすればなんも特別じゃない自分は、社会的にはなんの認知度もないけれども、さっき上げたような『自分だけの成功体験』をささやかに振り返りそこに少しでも誇りを感じるよう努めるのが健全な態度のように思える。

そういう何かはっきりしていないけど『社会的に認められる成功』を収めたい欲求が少なからずあって、けどそれを成し遂げるための能力が自分にはつゆほどもないことは分かっていて、歳を重ねる毎にそれを実現するための可能性が少しずつ消えていくのがきっと30歳になることに対して自分が抱えている得体の知れない不安の正体かもしれない。

30歳という数字に特に特別な意味があるわけではない。これからの可能性のことなんて未だにわからないし、過去の自分の選択やそれに対しての結果に後悔しても仕方ない。それよりもまず、自分のささやかな成功体験を振り返りその過去に思いを馳せるのが筋に思える。そのさきに、自分は本当に何か大きな何かを成し遂げたいのか、それが自分の本当の希望なのか、見えてくるような気もする。

30歳になるまで、後4ヶ月くらいあるけど、前向きな気持でその節目を迎えれるように。